下校しようとした私の靴箱には紙片が入っていて、

『生徒会室、17.25時、ほしのみや』

 その指示通りに私は生徒会室の扉を開けた。

 オレンジ色の西日は北向のここには入らない。

 暗い部屋のなかに、ひとり。

「来たね」

 生徒会長、海海星宮(うみうみ・ほしのみや)が言った。

 無機質な声。あたまのおかしいネーミング。宇宙人の鑑みたいな女の子。

「用件はなんでしょう?」

 単刀直入に私は、聞く。

「予算申請の書類整理をしていたの」

「それで」

「第二文芸部の決算書に疑問があったわ」

「それで」

「金額のつじつまはあってるの」「別に金額が標準偏差から著しく逸脱しているわけでもないの」

 短い呼吸となめらかに移行する周波数が彼女の声を複数に聞こえさせる。

「それで」

「決算書に記載された内容が気になるの」

「続けてください」

「内容の文字は読めるの」「ただ、生徒会には、いや――」「正確にはわたしたちにはその意味がよくわからなかったわ」

「それで、調べてこい、と?」

「端的に言って、そうよ」「お願いできるかしら」

 第二文芸部。この天王星人だらけの学園で、数少ない地球人だけの部活。

 だから、私に、ということなのだろう。まったくの他意なく。

 それまで床にそそがれていた私の視線を彼女へ向ける。

 くりくりとした可愛らしい瞳。何の意図も読み取ることのできない宇宙人の眼。

 こんなに宇宙人らしい宇宙人はなかなかいない。

 地球に侵略して地球人をほとんど絶滅させた彼女たち。宇宙人らしい大多数の天王星人は資源を求めて外宇宙へと飛び出してそれっきり。今でも地球に住んでる彼女たちは、地球人のような天王星人ばかりなのに。星宮は。

 以前、私と寝た副会長(もちろん天王星人だ)は言っていた。

『あの子はね、お金持ちの氏族だったから』『今でも亜光速通信を持ってるんだって』『今でも母船と連絡してて』『だからあんなに可愛らしいのよ』

 私には真偽はわからない。亜光速通信。そんなものが在るのかさえ知らない。

 左手で揺れるスマートフォン

 それがそれだと言われても、だからどうした?

「お願いできるかしら、宮野桜子(みやの・さくらこ)?」

 それよりも。

 私は星宮の瞳を見る。にらみつけるように。歌掛の言問いのように。呪うように。

「お願いできるかしら、宮野桜子?」

「お願いするのですか?」

「お願いするね、宮野桜子」

 暗い部屋の暗い瞳。私と眠った記憶。天蓋の破れたベッド。睦つ。

 その残滓さえ私にはわからない。

「では、調査いたします」

 頭を下げる。私は取り乱さない。地球人の数少ない誇り。自制心。

 そして、仕事をすること。

「必要なら、お金は例の口座に」「当面使いそうな額は入れてあるの」「足らなかったら言ってね」

「お気遣いありがとうございます」

 もう一度、頭を下げる。礼節。それは誇りだっただろうか?

「よろしくね」

「では」

 私は生徒会室の扉を開ける。

 退出の寸前、横目で見る。

 カーテンで仕切られた向う。机とパイプ椅子ともうひとり。

 海海星宮は絶対にひとりにならない。

 生徒会長のすべてを記録する書記がもうひとり。

 澪井紫(みおい・むらさき)。眼鏡で猫背の女の子。星宮の公式の愛人。

 その短い息遣いを聴き取って、それから退出する。

 眩しい。

 まだ夕暮れは終わっていなかった。