『異世界迷宮で奴隷ハーレムを』を読み進めていたが、ロクサーヌが出てきた瞬間にかなりきつくなってきた。

キャラクターの関係性がナチュラルに奴隷‐主人なので、倫理とはなんだったのか感。迷宮を攻略するための能力がどうかという機能的な能力と、胸や顔といった即物的な性的パフォーマンスしか、語りにおいて問題とされない。彼女の内面や思考はまったく言及されない。

ロクサーヌの表情や感情がほとんど描写されないということを、いやこれはひとつの倫理めいた態度なのだと強弁することも、まあ、できなくはない。

性交に持ち込もうとしている主人公に対して常になるべく距離を保とうとして、その都度主人公=主人に命じられて側に座らせられ、体を触られる。「俺に身体を触られているのをどう思っているか知らないが、逃げ出したり、嫌がったりするそぶりは見せなかった。」という記述。体を洗わせられる。夜と朝にキスをするよう命令される。「……はい」という返答。主人にキスをされる。「ロクサーヌは素直に受け入れてくれるようだ。」という記述。そして襲われる。

こうした過程でまったく彼女の内面に言及しないし描写のそぶりもみせないことを、たとえば陵辱もののポルノグラフィとの比較で態度表明の有無を計ることができなくは、ない。「……」に抵抗をみるとか、そんな碌でもない読みもできなくはない。

けどねー、いくらなんでもね。さすがにエンターテインメントと言うのはかなりつらい。不穏さが足りなさすぎる。

あとはロクサーヌが通常の人間ではなくて獣人であるってとこに、近代奴隷制を支える重要なイデオロギーの人種主義の残滓をみた。つらい。

 

ということで『ロビンソン・クルーソー』を読んでいた。

18世紀初頭のまだまだ近代が未完成な頃なので、奴隷ハーレムほど倫理とはなんだったのか感がしない。

ロビンソンは敬虔なプロテスタントなので、神の話をずっとしている。キリスト教という倫理の話をしている分だけかなりまし、という感じである。

ただ、助けた土人にフライデイと勝手に名前をつけて自分を「マスター(ご主人様)」と呼ばせるあたりは、んん?と疑問符。命を助けたことに感謝してフライデイが自発的に召使になって、キリスト教に信服して心から主人を愛する、というのは善しと取るべきなのかどうか。奴隷という確定した世界のシステムよりは人間関係という趣が強いが、どちらが善いのかは、個人の倫理いかんという気もする。

フライデイである。

フライデイが意外とキャラクター力が高い。魅力がある。可愛いというべき魅力を持っている。ロビンソンが持っている銃というみたことのない武器に驚愕するのだが、その反応の描写が巧い。引用は平井正穂訳。

私が銃につめものをするのを見ていなかったからであろうが、なんでもこの銃の中に、人間でも野獣でも馬でも、その他遠近を問わずいっさいのものを殺戮する物凄い力がひそんでいるに違いないと彼は考えたらしかった。このために彼のうけた衝撃は相当ひどく当分静まらないほどであった。もしこちらがそのままにしておいたら、やがて私や鉄砲を神様扱いにしたかもしれなかったと思うのである。鉄砲には、その後数日間、彼は全然手をふれようともしなかった。一人でいる時なぞ、鉄砲が答えるとでも思っているのか、しきりに話しかけていた。後で聞くと、自分を殺さないでくれと頼んでいたのだそうである。

これは情報の列挙の順序が巧い。「自分を殺さないでくれと頼んでいた」という情報がたとえば、「私や神様扱いにしたかもしれない」という情報のすぐ後に置かれて、それから具体的なエピソード(銃に話しかける)の情報を書く、という順序では、フライデイのキャラの魅力はがくんと下がってしまう。こういう小さな技術ひとつひとつが小説におけるキャラを構築するのである。文体が究極的には何を書いて何を書かないか、そしてその提示の配列であるというのは、こういうことをいうのだ。

フライデイを国に帰そうとして、フライデイが頑なに拒否するところもよい。

(船を造って国に帰るんだと言うと)「なぜあなたはフライデイに怒っている。私、何をした」いったいどうしたというのだ、と私はきいた。全然怒ってなんかいるものか、ともいってやった。「怒っていない? 怒っていない?」と、何度も彼はくり返していった。「じゃなぜフライデイを国に追い返す」「だってフライデイ、お前も国へ帰りたいといったじゃないか」「ええ、二人で帰りたい、フライデイ帰る、旦那帰らない、それ嫌だ」

(略)

「駄目なのだ、フライデイ、やはり一人で帰ってくれ。前と同じように一人で暮らすから、わたしをそっとしておいて帰ってくれないか」彼は私の言葉に怪訝そうな顔をしたかと思うと、いつも腰に帯びている例の手斧のところへ走っていってその一つを取り上げ、私のところへ戻ってきてその手斧を渡した。「これでどうしろというのか」「旦那これでフライデイを殺す」「何のためにわたしがお前を殺さなければならないのだ」私がこういうや否や、彼は即座にいった。「何のために旦那はフライデイを追い払う。これでフライデイを殺せ。フライデイを追い払うな」こういっている時の彼の態度は誠実そのもので、その眼には涙さえ溢れていた。

コロニアリズムとかそーゆーよろしくない言葉を頭に浮かべなければ、じつに魅力的なキャラですね。